さざるべきなり。烈々たる渠が心中の活火はすでに燼《き》えたるか。なんぞ渠のはなはだしく冷灰に似たるや。
 欣弥はこの体《てい》を見るより、すずろ憐愍《あわれ》を催して、胸も張り裂くばかりなりき。同時に渠はおのれの職務に心着きぬ。私をもって公に代えがたしと、渠は拳《こぶし》を握りて眼《まなこ》を閉じぬ。
 やがて裁判長は被告に向かいて二、三の訊問ありけるのち、弁護士は渠の冤《えん》を雪《すす》がんために、滔々《とうとう》数千言を陳《つら》ねて、ほとんど余すところあらざりき。裁判長は事実を隠蔽《いんぺい》せざらんように白糸を諭《さと》せり。渠はあくまで盗難に遭《あ》いし覚えのあらざる旨を答えて、黒白は容易に弁ずべくもあらざりけり。
 検事代理はようやく閉じたりし眼《まなこ》を開くとともに、悄然《しょうぜん》として項《うなじ》を垂《た》るる白糸を見たり。渠はそのとき声を励まして、
「水島友、村越欣弥が……本官があらためて訊問するが、裹《つつ》まず事実を申せ」
 友はわずかに面《おもて》を擡《あ》げて、額越《ひたいご》しに検事代理の色を候《うかが》いぬ。渠は峻酷《しゅんこく》なる法官の威容をも
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