かんとせり。ほとんど人心地《ひとごこち》あらざるまでに恐怖したりし主婦《あるじ》は、このときようよう渠の害心あらざるを知るより、いくぶんか心落ちいつつ、はじめて賊の姿をば認め得たりしなり。こはそもいかに! 賊は暴《あら》くれたる大の男《おのこ》にはあらで、軆度《とりなり》優しき女子《おんな》ならんとは、渠は今その正体を見て、与《くみ》しやすしと思えば、
「偸児《どろぼう》!」と呼び懸《か》けて白糸に飛び蒐《かか》りつ。
自糸は不意を撃たれて驚きしが、すかさず庖丁の柄《え》を返して、力任せに渠の頭を撃てり。渠は屈せず、賊の懐に手を捻《ね》じ込みて、かの百円を奪い返さんとせり。白糸はその手に咬《か》み着き、片手には庖丁振り抗《あ》げて、再び柄をもて渠の脾腹《ひばら》を吃《くら》わしぬ。
「偸児! 人殺し!」と地蹈鞴《じだたら》を踏みて、内儀はなお暴《あら》らかに、なおけたたましく、
「人殺し! 人殺しだ!」と血声を絞りぬ。
これまでなりと観念したる白糸は、持ちたる出刃を取り直し、躍り狂う内儀の吭《のんど》を目懸《めが》けてただ一突きと突きたりしに、覘《ねら》いを外《はず》して肩頭《かた
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