たたね》せし渠の懐《ふところ》には、欣弥が半年の学資を蔵《おさ》めたるなり。されども渠は危うかりしとも思わず、昼の暑さに引き替えて、涼しき真夜中の幽静《しずか》なるを喜びつつ、福井の金主が待てる旅宿に赴《おもむ》かんとて、そこまで来たりけるに、ばらばらと小蔭より躍《おど》り出ずる人数《にんず》あり。
 みなこれ屈竟《くっきょう》の大男《おおおのこ》、いずれも手拭《てぬぐ》いに面《おもて》を覆《つつ》みたるが五人ばかり、手に手に研《と》ぎ澄ましたる出刃庖丁《でばぼうちょう》を提《ひさ》げて、白糸を追っ取り巻きぬ。
 心剛《こころたしか》なる女なれども、渠はさすがに驚きて佇《たたず》めり。狼藉者《ろうぜきもの》の一個《ひとり》は濁声《だみごえ》を潜めて、
「おう、姉《ねえ》さん、懐中《ふところ》のものを出しねえ」
「じたばたすると、これだよ、これだよ」
 かく言いつつ他の一個《ひとり》はその庖丁を白糸の前に閃《ひらめ》かせば、四|挺《ちょう》の出刃もいっせいに晃《きらめ》きて、女の眼《め》を脅かせり。
 白糸はすでにその身は釜中《ふちゅう》の魚たることを覚悟せり。心はいささかも屈せざれども
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