いられるものではない」
「それはごもっともさ。そうだけれども、馬上《うま》の合い乗りをするお客は毎日はありますまい」
「あんなことが毎日あられてたまるものか」
二人は相見て笑いぬ。ときに数杵《すうしょ》の鐘声遠く響きて、月はますます白く、空はますます澄めり。
白糸はあらためて馭者に向かい、
「おまえさん、金沢へは何日《いつ》、どうしてお出でなすったの?」
四顧寥廓《しこりょうかく》として、ただ山水と明月とあるのみ。※[#「風にょう+繆のつくり」、第4水準2−92−40]戻《りょうれい》たる天風《てんぷう》はおもむろに馭者の毛布《ケット》を飄《ひるがえ》せり。
「実はあっちを浪人してね……」
「おやまあ、どうして?」
「これも君ゆえさ」と笑えば、
「御冗談もんだよ」と白糸は流眄《ながしめ》に見遣《みや》りぬ。
「いや、それはともかくも、話説《はなし》をせんけりゃ解《わか》らん」
馭者は懐裡《ふところ》を捜《さぐ》りて、油紙の蒲簀莨入《かますたばこい》れを取り出だし、いそがわしく一服を喫して、直ちに物語の端を発《ひら》かんとせり。白糸は渠が吸い殻を撃《はた》くを待ちて、
「済みませ
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