。寝るには惜しい」
川風はさっと渠の鬢《びん》を吹き乱せり。
「ああ、薄ら寒くなってきた」
しかと毛布《ケット》を絡《まと》いて、渠はあたりを※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》しぬ。
「人っ子一人いやしない。なんだ、ほんとに、暑いときはわあわあ騒いで、涼しくなる時分には寝てしまうのか。ふふ、人間というものはいこじなもんだ。涼むんならこういうときじゃないか。どれ、橋の上へでも行ってみようか。人さえいなけりゃ、どこでもいい景色《けしき》なもんだ」
渠は再び徐々として歩を移せり。
この女は滝の白糸なり。渠らの仲間は便宜上|旅籠《はたご》を取らずして、小屋を家とせるもの寡《すく》なからず。白糸も然《さ》なり。
やがて渠は橋に来りぬ。吾妻下駄《あずまげた》の音は天地の寂黙《せきもく》を破りて、からんころんと月に響けり。渠はその音の可愛《おかし》さに、なおしいて響かせつつ、橋の央《なかば》近く来たれるとき、やにわに左手《ゆんで》を抗《あ》げてその高髷《たかまげ》を攫《つか》み、
「ええもう重っ苦しい。ちょっうるせえ!」
暴々《あらあら》しく引き解《ほど》きて、手早くぐ
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