われけん、はたとコップを取り落とせり。
口上は狼狽《ろうばい》して走り寄りぬ。見物はその為損《しそん》じをどっと囃《はや》しぬ。太夫は受け住《と》めたる扇を手にしたるまま、その瞳《ひとみ》をなお外の方に凝らしつつ、つかつかと土間に下りたり。
口上はいよいよ狼狽して、為《せ》ん方を知らざりき。見物は呆《あき》れ果てて息を斂《おさ》め、満場|斉《ひと》しく頭《こうべ》を回《めぐ》らして太夫の挙動《ふるまい》を打ち瞶《まも》れり。
白糸は群れいる客を推し排《わ》け、掻《か》き排け、
「御免あそばせ、ちょいと御免あそばせ」
あわただしく木戸口に走り出で、項《うなじ》を延べて目送せり。その視線中に御者体の壮佼《わかもの》あり。
何事や起こりたると、見物は白糸の踵《あと》より、どろどろと乱れ出ずる喧擾《ひしめき》に、くだんの男は振り返りぬ。白糸ははじめてその面《おもて》を見るを得たり。渠は色白く瀟洒《いなせ》なりき。
「おや、違ってた!」
かく独語《ひとりご》ちて、太夫はすごすご木戸を入りぬ。
三
夜《よ》はすでに十一時に近づきぬ。磧《かわら》は凄涼《せいりょう》と
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