美人なり。
これはたして何者なるか。髪は櫛巻《くしま》きに束《つか》ねて、素顔を自慢に※[#「月+因」、6−15]脂《べに》のみを点《さ》したり。服装《いでたち》は、将棊《しょうぎ》の駒《こま》を大形に散らしたる紺縮みの浴衣《ゆかた》に、唐繻子《とうじゅす》と繻珍《しゅちん》の昼夜帯をばゆるく引っ掛けに結びて、空色|縮緬《ちりめん》の蹴出《けだ》しを微露《ほのめか》し、素足に吾妻下駄《あずまげた》、絹張りの日傘《ひがさ》に更紗《さらさ》の小包みを持ち添えたり。
挙止《とりなり》侠《きゃん》にして、人を怯《おそ》れざる気色《けしき》は、世磨《よず》れ、場慣れて、一条縄《ひとすじなわ》の繋《つな》ぐべからざる魂を表わせり。想《おも》うに渠《かれ》が雪のごとき膚《はだ》には、剳青淋漓《さっせいりんり》として、悪竜《あくりょう》焔《ほのお》を吐くにあらざれば、寡《すく》なくも、その左の腕《かいな》には、双枕《ふたつまくら》に偕老《かいろう》の名や刻みたるべし。
馬車はこの怪しき美人をもって満員となれり。発車の号令は割るるばかりにしばらく響けり。向者《さき》より待合所の縁に倚《よ》りて、一
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