乗んなさい。すぐに出ますよ」
甲走《かんばし》る声は鈴の音《ね》よりも高く、静かなる朝の街《まち》に響き渡れり。通りすがりの婀娜者《あだもの》は歩みを停《とど》めて、
「ちょいと小僧さん、石動までいくら? なに十銭だとえ。ふう、廉いね。その代わりおそいだろう」
沢庵《たくあん》を洗い立てたるように色揚げしたる編片《アンペラ》の古帽子の下より、奴《やっこ》は猿眼《さるまなこ》を晃《きらめ》かして、
「ものは可試《ためし》だ。まあお召しなすってください。腕車よりおそかったら代は戴《いただ》きません」
かく言ううちも渠《かれ》の手なる鈴は絶えず噪《さわ》ぎぬ。
「そんなりっぱなことを言って、きっとだね」
奴は昂然《こうぜん》として、
「虚言《うそ》と坊主の髪《あたま》は、いったことはありません」
「なんだね、しゃらくさい」
微笑《ほおえ》みつつ女子《おんな》はかく言い捨てて乗り込みたり。
その年紀《としごろ》は二十三、四、姿はしいて満開の花の色を洗いて、清楚《せいそ》たる葉桜の緑浅し。色白く、鼻筋通り、眉《まゆ》に力みありて、眼色《めざし》にいくぶんのすごみを帯び、見るだに涼しき
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