。御者は框《かまち》に息《いこ》いて巻き莨《たばこ》を燻《くゆら》しつつ茶店の嚊《かか》と語《ものがた》りぬ。
「こりゃ急に出そうもない」と一人が呟《つぶや》けば、田舎《いなか》女房と見えたるがその前面《むかい》にいて、
「憎々しく落ち着いてるじゃありませんかね」
最初の発言者《はつごんしゃ》はますます堪えかねて、
「ときに皆さん、あのとおり御者も骨を折りましたんですから、お互い様にいくらか酒手を奮《はず》みまして、もう一骨折ってもらおうじゃございませんか。なにとぞ御賛成を願います」
渠は直ちに帯佩《おびさ》げの蟇口《がまぐち》を取り出して、中なる銭を撈《さぐ》りつつ、
「ねえあなた、ここでああ惰《なま》けられてしまった日には、仏造って魂入れずでさ、冗談じゃない」
やがて銅貨三銭をもって隗《かい》より始めつ。帽子を脱ぎてその中に入れたるを、衆人《ひとびと》の前に差し出して、渠はあまねく義捐《ぎえん》を募れり。
あるいは勇んで躍り込みたる白銅あり。あるいはしぶしぶ捨てられたる五厘もあり。ここの一銭、かしこの二銭、積もりて十六銭五厘とぞなりにける。
美人は片すみにありて、応募の最
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