あなたがたは病を軽蔑《けいべつ》しておらるるから埒《らち》あかん。感情をとやかくいうのは姑息《こそく》です。看護婦ちょっとお押え申せ」
いと厳《おごそ》かなる命のもとに五名の看護婦はバラバラと夫人を囲みて、その手と足とを押えんとせり。渠らは服従をもって責任とす。単に、医師の命をだに奉ずればよし、あえて他の感情を顧みることを要せざるなり。
「綾! 来ておくれ。あれ!」
と夫人は絶え入る呼吸《いき》にて、腰元を呼びたまえば、慌《あわ》てて看護婦を遮りて、
「まあ、ちょっと待ってください。夫人《おくさま》、どうぞ、御堪忍あそばして」と優しき腰元はおろおろ声。
夫人の面は蒼然《そうぜん》として、
「どうしても肯《き》きませんか。それじゃ全快《なお》っても死んでしまいます。いいからこのままで手術をなさいと申すのに」
と真白く細き手を動かし、かろうじて衣紋《えもん》を少し寛《くつろ》げつつ、玉のごとき胸部を顕《あら》わし、
「さ、殺されても痛かあない。ちっとも動きやしないから、だいじょうぶだよ。切ってもいい」
決然として言い放てる、辞色ともに動かすべからず。さすが高位の御身とて、威厳あた
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