りを払うにぞ、満堂|斉《ひと》しく声を呑《の》み、高き咳《しわぶき》をも漏らさずして、寂然《せきぜん》たりしその瞬間、先刻《さき》よりちとの身動きだもせで、死灰のごとく、見えたる高峰、軽く見を起こして椅子《いす》を離れ、
「看護婦、メスを」
「ええ」と看護婦の一人は、目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》りて猶予《ためら》えり。一同斉しく愕然《がくぜん》として、医学士の面を瞻《みまも》るとき、他の一人の看護婦は少しく震えながら、消毒したるメスを取りてこれを高峰に渡したり。
 医学士は取るとそのまま、靴音《くつおと》軽く歩を移してつと手術台に近接せり。
 看護婦はおどおどしながら、
「先生、このままでいいんですか」
「ああ、いいだろう」
「じゃあ、お押え申しましょう」
 医学士はちょっと手を挙《あ》げて、軽く押し留《とど》め、
「なに、それにも及ぶまい」
 謂う時|疾《はや》くその手はすでに病者の胸を掻《か》き開《あ》けたり。夫人は両手を肩に組みて身動きだもせず。
 かかりしとき医学士は、誓うがごとく、深重厳粛たる音調もて、
「夫人、責任を負って手術します」
 ときに高峰
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