の風采《ふうさい》は一種神聖にして犯すべからざる異様のものにてありしなり。
「どうぞ」と一言|答《いら》えたる、夫人が蒼白なる両の頬《ほお》に刷《は》けるがごとき紅を潮しつ。じっと高峰を見詰めたるまま、胸に臨めるナイフにも眼《まなこ》を塞《ふさ》がんとはなさざりき。
 と見れば雪の寒紅梅、血汐《ちしお》は胸よりつと流れて、さと白衣《びゃくえ》を染むるとともに、夫人の顔はもとのごとく、いと蒼白《あおじろ》くなりけるが、はたせるかな自若として、足の指をも動かさざりき。
 ことのここに及べるまで、医学士の挙動|脱兎《だっと》のごとく神速にしていささか間《かん》なく、伯爵夫人の胸を割《さ》くや、一同はもとよりかの医博士に到《いた》るまで、言《ことば》を挟《さしはさ》むべき寸隙《すんげき》とてもなかりしなるが、ここにおいてか、わななくあり、面を蔽《おお》うあり、背向《そがい》になるあり、あるいは首《こうべ》を低《た》るるあり、予のごとき、われを忘れて、ほとんど心臓まで寒くなりぬ。
 三|秒《セコンド》にして渠が手術は、ハヤその佳境に進みつつ、メス骨に達すと覚しきとき、
「あ」と深刻なる声を絞りて
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