なんでもちっとはお痛みあそばしましょうから、爪《つめ》をお取りあそばすとは違いますよ」
夫人はここにおいてぱっちりと眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《ひら》けり。気もたしかになりけん、声は凛《りん》として、
「刀《とう》を取る先生は、高峰様だろうね!」
「はい、外科科長です。いくら高峰様でも痛くなくお切り申すことはできません」
「いいよ、痛かあないよ」
「夫人《ふじん》、あなたの御病気はそんな手軽いのではありません。肉を殺《そ》いで、骨を削るのです。ちっとの間御辛抱なさい」
臨検の医博士はいまはじめてかく謂えり。これとうてい関雲長にあらざるよりは、堪えうべきことにあらず。しかるに夫人は驚く色なし。
「そのことは存じております。でもちっともかまいません」
「あんまり大病なんで、どうかしおったと思われる」
と伯爵は愁然たり。侯爵は、かたわらより、
「ともかく、今日はまあ見合わすとしたらどうじゃの。あとでゆっくりと謂い聞かすがよかろう」
伯爵は一議もなく、衆みなこれに同ずるを見て、かの医博士は遮りぬ。
「一時《ひととき》後《おく》れては、取り返しがなりません。いったい、
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