なしか顰《ひそ》みて見られつ。わずかに束《つか》ねたる頭髪は、ふさふさと枕《まくら》に乱れて、台の上にこぼれたり。
そのかよわげに、かつ気高く、清く、貴《とうと》く、うるわしき病者の俤《おもかげ》を一目見るより、予は慄然《りつぜん》として寒さを感じぬ。
医学士はと、ふと見れば、渠は露ほどの感情をも動かしおらざるもののごとく、虚心に平然たる状《さま》露《あら》われて、椅子に坐《すわ》りたるは室内にただ渠のみなり。そのいたく落ち着きたる、これを頼もしと謂《い》わば謂え、伯爵夫人の爾《しか》き容体を見たる予が眼よりはむしろ心憎きばかりなりしなり。
おりからしとやかに戸を排して、静かにここに入り来たれるは、先刻《さき》に廊下にて行き逢いたりし三人の腰元の中に、ひときわ目立ちし婦人《おんな》なり。
そと貴船伯に打ち向かいて、沈みたる音調もて、
「御前《ごぜん》、姫様《ひいさま》はようようお泣き止《や》みあそばして、別室におとなしゅういらっしゃいます」
伯はものいわで頷《うなず》けり。
看護婦はわが医学士の前に進みて、
「それでは、あなた」
「よろしい」
と一言答えたる医学士の声は、
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