あたかも晩餐《ばんさん》の筵《むしろ》に望みたるごとく、平然としてひややかなること、おそらく渠のごときはまれなるべし。助手三人と、立ち会いの医博士一人と、別に赤十字の看護婦五名あり。看護婦その者にして、胸に勲章帯びたるも見受けたるが、あるやんごとなきあたりより特に下したまえるもありぞと思わる。他に女性《にょしょう》とてはあらざりし。なにがし公と、なにがし侯と、なにがし伯と、みな立ち会いの親族なり。しかして一種形容すべからざる面色《おももち》にて、愁然として立ちたるこそ、病者の夫の伯爵なれ。
室内のこの人々に瞻《みまも》られ、室外のあのかたがたに憂慮《きづか》われて、塵《ちり》をも数うべく、明るくして、しかもなんとなくすさまじく侵すべからざるごとき観あるところの外科室の中央に据えられたる、手術台なる伯爵夫人は、純潔なる白衣《びゃくえ》を絡《まと》いて、死骸《しがい》のごとく横たわれる、顔の色あくまで白く、鼻高く、頤《おとがい》細りて手足は綾羅《りょうら》にだも堪えざるべし。脣《くちびる》の色少しく褪《あ》せたるに、玉のごとき前歯かすかに見え、眼《め》は固く閉ざしたるが、眉《まゆ》は思い
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