ほどに見えずなれり。これのみならず玄関より外科室、外科室より二階なる病室に通うあいだの長き廊下には、フロックコート着たる紳士、制服着けたる武官、あるいは羽織|袴《はかま》の扮装《いでたち》の人物、その他、貴婦人令嬢等いずれもただならず気高きが、あなたに行き違い、こなたに落ち合い、あるいは歩し、あるいは停し、往復あたかも織るがごとし。予は今門前において見たる数台《すだい》の馬車に思い合わせて、ひそかに心に頷《うなず》けり。渠らのある者は沈痛に、ある者は憂慮《きづか》わしげに、はたある者はあわただしげに、いずれも顔色穏やかならで、忙《せわ》しげなる小刻みの靴《くつ》の音、草履《ぞうり》の響き、一種|寂寞《せきばく》たる病院の高き天井と、広き建具と、長き廊下との間にて、異様の跫音《きょうおん》を響かしつつ、うたた陰惨の趣をなせり。
 予はしばらくして外科室に入りぬ。
 ときに予と相目して、脣辺《しんぺん》に微笑を浮かべたる医学士は、両手を組みてややあおむけに椅子《いす》に凭《よ》れり。今にはじめぬことながら、ほとんどわが国の上流社会全体の喜憂に関すべき、この大いなる責任を荷《にな》える身の、
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