医科大学に学生なりしみぎりなりき。一日《あるひ》予は渠《かれ》とともに、小石川なる植物園に散策しつ。五月五日|躑躅《つつじ》の花盛んなりし。渠とともに手を携え、芳草の間を出つ、入りつ、園内の公園なる池を繞《めぐ》りて、咲き揃《そろ》いたる藤《ふじ》を見つ。
 歩を転じてかしこなる躑躅の丘に上らんとて、池に添いつつ歩めるとき、かなたより来たりたる、一群れの観客あり。
 一個《ひとり》洋服の扮装《いでたち》にて煙突帽を戴《いただ》きたる蓄髯《ちくぜん》の漢《おとこ》前衛して、中に三人の婦人を囲みて、後《あと》よりもまた同一《おなじ》様なる漢来れり。渠らは貴族の御者なりし。中なる三人の婦人等《おんなたち》は、一様に深張りの涼傘《ひがさ》を指し翳《かざ》して、裾捌《すそさば》きの音いとさやかに、するすると練り来たれる、と行き違いざま高峰は、思わず後を見返りたり。
「見たか」
 高峰は頷《うなず》きぬ。「むむ」
 かくて丘に上りて躑躅を見たり。躑躅は美なりしなり。されどただ赤かりしのみ。
 かたわらのベンチに腰懸《こしか》けたる、商人《あきゅうど》体の壮者《わかもの》あり。
「吉さん、今日はいい
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