、相接するその階段へ、上から、黒く落ちて、鳥影のように映った。が、羽音はしないで、すぐその影に薄《うっす》りと色が染まって、婦《おんな》の裾《すそ》になり、白い蝙蝠《こうもり》ほどの足袋が出て、踏んだ草履の緒が青い。
 翼に藍鼠《あいねずみ》の縞《しま》がある。大柄なこの怪しい鳥は、円髷《まるまげ》が黒かった。
 目鼻立ちのばらりとした、額のやや広く、鼻の隆《たか》いのが、……段の上からと、廊下からと、二ヶ処の電燈のせいか、その怪しい影を、やっぱり諸翼《もろは》のごとく、両方の壁に映しながら、ふらりと来て、朦朧《もうろう》と映ったが、近づくと、こっちの息だか婦《おんな》の肌の香《かおり》だか、芬《ぷん》とにおって酒臭い。
「酔ってますね、ほほほ。」
 蓮葉《はすは》に笑った、婦《おんな》の方から。――これが挨拶《あいさつ》らしい。が、私が酔っています、か、お前さんは酔ってるね、だか分らない。
「やあ。」
 と、渡りに船の譬喩《たとえ》も恥かしい。水に縁の切れた糸瓜《へちま》が、物干の如露《じょろ》へ伸上るように身を起して、
「――御連中ですか、お師匠……」
 と言った。
 薄手のお太鼓
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