伴《つれ》があって、力をつけ、介抱した。手を取って助けるのに、縋《すが》って這《は》うばかりにして、辛うじて頂上へ辿《たど》ることが出来た。立処《たちどころ》に、無熱池の水は、白き蓮華《れんげ》となって、水盤にふき溢《あふ》れた。
 ――ああ、一口、水がほしい――
 実際、信也氏は、身延山の石段で倒れたと同じ気がした、と云うのである。
 何より心細いのは、つれがない。樹の影、草の影もない。噛《か》みたいほどの雨気《あまけ》を帯びた辻の風も、そよとも通わぬ。
 ……その冷く快かった入口の、立看板の白く冴《さ》えて寂しいのも、再び見る、露に濡れた一叢《ひとむら》の卯《う》の花の水の栞《しおり》をすると思うのも、いまは谷底のように遠く、深い。ここに、突当りに切組んで、二段ばかり目に映る階段を望んで次第に上層を思うと、峰のごとく遥《はるか》に高い。
 気が違わぬから、声を出して人は呼ばれず、たすけを、人を、水をあこがれ求むる、瞳ばかり※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》ったが、すぐ、それさえも茫《ぼう》となる。
 その目に、ひらりと影が見えた。真向うに、矗立《ちくりつ》した壁面と
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