《つな》いで掛け、雲の桟《かけはし》に似た石段を――麓《ふもと》の旅籠屋《はたごや》で、かき玉の椀に、きざみ昆布のつくだ煮か、それはいい、あろう事か、朝酒を煽《あお》りつけた勢《いきおい》で、通しの夜汽車で、疲れたのを顧みず――時も八月、極暑に、矢声を掛けて駆昇った事がある。……
 呼吸《いき》が切れ、目が眩《くら》むと、あたかも三つ目と想う段の継目の、わずかに身を容《い》るるばかりの石の上へ仰ぎ倒れた。胸は上の段、およそ百ばかりに高く波を打ち、足は下の段、およそ百ばかりに震えて重い。いまにも胴中から裂けそうで、串戯《じょうだん》どころか、その時は、合掌に胸を緊《し》めて、真蒼《まっさお》になって、日盛《ひざかり》の蚯蚓《みみず》でのびた。叔父の鉄枴ヶ峰ではない。身延山の石段の真中《まんなか》で目を瞑《つぶ》ろうとしたのである。
 上へも、下へも、身動きが出来ない。一滴の露、水がなかった。
 酒さえのまねば、そうもなるまい。故郷も家も、くるくると玉に廻って、生命《いのち》の数珠《じゅず》が切れそうだった。が、三十分ばかり、静《じっ》としていて辛うじて起《た》った。――もっともその折は同
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