面《まわり》の壁の息《におい》を吸って昇るのが草いきれに包まれながら、性の知れない、魔ものの胴中《どうなか》を、くり抜きに、うろついている心地がするので、たださえ心臓の苦しいのが、悪酔に嘔気《はきけ》がついた。身悶《みもだ》えをすれば吐《つ》きそうだから、引返《ひっかえ》して階下《した》へ抜けるのさえむずかしい。
突俯《つっぷ》して、(ただ仰向《あおむ》けに倒れないばかり)であった――
で、背くぐみに両膝を抱いて、動悸《どうき》を圧《おさ》え、潰《つぶ》された蜘蛛《くも》のごとくビルジングの壁際に踞《しゃが》んだ処は、やすものの、探偵小説の挿画《さしえ》に似て、われながら、浅ましく、情《なさけ》ない。
「南無《なむ》、身延様《みのぶさま》――三百六十三段。南無身延様、三百六十四段、南無身延様、三百六十五段……」
もう一息で、頂上の境内という処だから、団扇太鼓《うちわだいこ》もだらりと下げて、音も立てず、千箇寺《せんがじ》参りの五十男が、口で石段の数取りをしながら、顔色も青く喘《あえ》ぎ喘ぎ上るのを――下山の間際に視《み》たことがある。
思出す、あの……五十段ずつ七折ばかり、繋
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