石梯子《いしばしご》を昇りはじめた。元来慌てもののせっかちの癖に、かねて心臓が弱くて、ものの一町と駆出すことが出来ない。かつて、彼の叔父に、ある芸人があったが、六十七歳にして、若いものと一所に四国に遊んで、負けない気で、鉄枴《てっかい》ヶ峰へ押昇って、煩って、どっと寝た。
 聞いてさえ恐れをなすのに――ここも一種の鉄枴ヶ峰である。あまつさえ、目に爽《さわや》かな、敷波の松、白妙《しろたえ》の渚《なぎさ》どころか、一毛の青いものさえない。……草も木も影もない。まだ、それでも、一階、二階、はッはッ肩で息ながら上るうちには、芝居の桟敷裏《さじきうら》を折曲げて、縦に突立《つった》てたように――芸妓《げいしゃ》の温習《おさらい》にして見れば、――客の中《うち》なり、楽屋うちなり、裙模様《すそもよう》を着けた草、櫛《くし》さした木の葉の二枚三枚は、廊下へちらちらとこぼれて来よう。心だのみの、それが仇《あだ》で、人けがなさ過ぎると、虫も這《は》わぬ。
 心は轟《とどろ》く、脉《みゃく》は鳴る、酒の酔《えい》を円タクに蒸されて、汗ばんだのを、車を下りてから一度夜風にあたった。息もつかず、もうもうと四
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