涼しいけれども、もの寂しい。四月の末だというのに、湿気《しっき》を含んだ夜風が、さらさらと辻惑《つじまど》いに吹迷って、卯《う》の花を乱すばかり、颯《さっ》と、その看板の面《おもて》を渡った。
 扉を押すと、反動でドンと閉ったあとは、もの音もしない。正面に、エレベエタアの鉄筋が……それも、いま思うと、灰色の魔の諸脚《もろあし》の真黒《まっくろ》な筋のごとく、二ヶ処に洞穴《ほらあな》をふんで、冷く、不気味に突立《つった》っていたのである。
 ――まさか、そんな事はあるまい、まだ十時だ――
 が、こうした事に、もの馴《な》れない、学芸部の了簡《りょうけん》では、会場にさし向う、すぐ目前、紅提灯《べにぢょうちん》に景気幕か、時節がら、藤、つつじ。百合、撫子《なでしこ》などの造花に、碧紫《あおむらさき》の電燈が燦然《さんぜん》と輝いて――いらっしゃい――受附でも出張《でば》っている事、と心得違いをしていたので。
 どうやら、これだと、見た処、会が済んだあとのように思われる。
 ――まさか、十時、まだ五分前だ――
 立っていても、エレベエタアは水に沈んだようで動くとも見えないから、とにかく、左へ
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