だけれども、今時珍らしい黒繻子《くろじゅす》豆絞りの帯が弛《ゆる》んで、一枚小袖もずるりとした、はだかった胸もとを、きちりと紫の結目《むすびめ》で、西行法師――いや、大宅光国《おおやけみつくに》という背負方《しょいかた》をして、樫《かし》であろう、手馴《てな》れて研ぎのかかった白木の細い……所作、稽古《けいこ》の棒をついている。とりなりの乱れた容子《ようす》が、長刀《なぎなた》に使ったか、太刀か、刀か、舞台で立廻りをして、引込《ひっこ》んで来たもののように見えた。
ところが、目皺《めじわ》を寄せ、頬を刻んで、妙に眩《まぶ》しそうな顔をして、
「おや、師匠とおいでなすったね、おとぼけでないよ。」
とのっけから、
「ちょいと旦那《だんな》、この敷石の道の工合《ぐあい》は、河岸じゃありませんね、五十間。しゃっぽの旦那は、金やろかいじゃあない……何だっけ……銭《ぜに》とるめんでしょう、その口から、お師匠さん、あれ、恥かしい。」
と片袖をわざと顔にあてて俯向《うつむ》いた、襟が白い、が白粉《おしろい》まだらで。……
「……風体を、ごらんなさいよ。ピイと吹けば瞽女《ごぜ》さあね。」
と仰向
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