ごろからの夫婦喧嘩に、なぜ、かかさんをぶたしゃんす、もうかんにんと、ごよごよごよ、と雷の児《こ》が泣いて留める、件《くだん》の浄瑠璃《じょうるり》だけは、一生の断ちものだ、と眉にも頬にも皺《しわ》を寄せたが、のぞめば段もの端唄《はうた》といわず、前垂《まえだれ》掛けで、朗《ほがらか》に、またしめやかに、唄って聞かせるお妻なのであった。
前垂掛――そう、髪もいぼじり巻同然で、紺の筒袖《つつッぽ》で台所を手伝いながら――そう、すなわち前に言った、浜町の鳥料理の頃、鴾氏に誘われて四五|度《たび》出掛けた。お妻が、わが信也氏を知ったというはそこなのである。が、とりなりも右の通りで、ばあや、同様、と遠慮をするのを、鴾画伯に取っては、外戚《がいせき》の姉だから、座敷へ招じて盃《さかずき》をかわし、大分いけて、ほろりと酔うと、誘えば唄いもし、促せば、立って踊った。家元がどうの、流儀がどうの、合方の調子が、あのの、ものの、と七面倒に気取りはしない。口|三味線《ざみせん》で間にあって、そのまま動けば、筒袖《つつッぽ》も振袖で、かついだ割箸が、柳にしない、花に咲き、さす手の影は、じきそこの隅田の雲に、時
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