につけ、店の亭主が向顱巻《むこうはちまき》で気競《きそ》うから菊正宗の酔《えい》が一層|烈《はげ》しい。
 ――松村さん、木戸まで急用――
 いけ年《どし》を仕《つかまつ》った、学芸記者が馴《な》れない軽口の逃《にげ》口上で、帽子を引浚《ひっさら》うと、すっとは出られぬ、ぎっしり詰合って飲んでいる、めいめいが席を開き、座を立って退口《のきぐち》を譲って通した。――「さ、出よう、遅い遅い。」悪くすると、同伴《つれ》に催促されるまで酔潰《よいつぶ》れかねないのが、うろ抜けになって出たのである。どうかしてるぜ、憑《つき》ものがしたようだ、怪我《けが》をしはしないか、と深切なのは、うしろを通して立ったまま見送ったそうである。
 が、開き直って、今晩は、環海ビルジングにおいて、そんじょその辺の芸妓《げいしゃ》連中、音曲のおさらいこれあり、頼まれました義理かたがた、ちょいと顔を見に参らねばなりませぬ。思切って、ぺろ兀《はげ》の爺《じい》さんが、肥《ふと》った若い妓《こ》にしなだれたのか、浅葱《あさぎ》の襟をしめつけて、雪駄《せった》をちゃらつかせた若いものでないと、この口上は――しかも会費こそは安
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