。すぐに算段をしますから。まったく、いやに蒸すことね。その癖、乾き切ってさ。」
とついと立って、
「五月雨の……と心持でも濡れましょう。池の菰《まこも》に水まして、いずれが、あやめ杜若《かきつばた》、さだかにそれと、よし原に、ほど遠からぬ水神へ……」
扇子《おうぎ》をつかって、トントンと向うの段を、天井の巣へ、鳥のようにひらりと行く。
一あめ、さっと聞くおもい、なりも、ふりも、うっちゃった容子の中《うち》に、争われぬ手練《てだれ》が見えて、こっちは、吻《ほっ》と息を吐《つ》いた。……
――踊が上手《うま》い、声もよし、三味線《さみせん》はおもて芸、下方《したかた》も、笛まで出来る。しかるに芸人の自覚といった事が少しもない。顔だちも目についたが、色っぽく見えない処へ、媚《なまめか》しさなどは気《け》もなかった。その頃、銀座さんと称《とな》うる化粧問屋の大尽《だいじん》があって、新《あらた》に、「仙牡丹《せんぼたん》」という白粉《おしろい》を製し、これが大当りに当った、祝と披露を、枕橋《まくらばし》の八百松《やおまつ》で催した事がある。
裾《すそ》を曳《ひ》いて帳場に起居《たちい
前へ
次へ
全49ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング