。」
「ええ、ええ、ごもっとも、お目に掛《かか》ったのは震災ずっと前でござんすもの。こっちは、商売、慾張《よくば》ってますから、両三度だけれど覚えていますわ。お分りにならない筈《はず》……」
と無雑作な中腰で、廊下に、斜《ななめ》に向合った。
「吉原の小浜屋(引手茶屋)が、焼出されたあと、仲之町《なかのちょう》をよして、浜町《はまちょう》で鳥料理をはじめました。それさ、お前さん、鶏卵と、玉子と同類の頃なんだよ。京千代さんの、鴾《とき》さんと、一座で、お前さんおいでなすった……」
「ああ、そう……」
夢のように思出した。つれだったという……京千代のお京さんは、もとその小浜屋に芸妓《げいしゃ》の娘分が三人あった、一番の年若で。もうその時分は、鴾の細君であった。鴾氏――画名は遠慮しよう、実の名は淳之助《じゅんのすけ》である。
(――つい、今しがた銀座で一所に飲んでいた――)
この場合、うっかり口へ出そうなのを、ふと控えたのは、この婦《おんな》が、見た処の容子だと、銀座へ押掛けようと言いかねまい。……
そこの腰掛では、現に、ならんで隣合った。画会では権威だと聞く、厳《いかめ》しい審査員
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