る。
「しかし、師匠は。」
「あれさ、それだけはよして頂戴よ。ししょう……もようもない、ほほほ。こりゃ、これ、かみがたの口合《くちあい》や。」
と手の甲で唇をたたきながら、
「場末の……いまの、ルンならいいけど、足の生えた、ぱんぺんさ。先生、それも、お前さん、いささかどうでしょう、ぷんと来た処をふり売りの途中、下の辻で、木戸かしら、入口の看板を見ましてね、あれさ、お前さん、ご存じだ……」
という。が、お前さんにはいよいよ分らぬ。
「鶏卵と、玉子と、字にかくとおんなじというめくらだけれど、おさらいの看板ぐらいは形でわかりますからね、叱られやしないと多寡《たか》をくくって、ふらふらと入って来ましたがね。おさらいや、おおさえや、そんなものは三番叟《さんばそう》だって、どこにも、やってやしませんのさ。」
「はあ。」
とばかり。
「お前さんも、おさらいにおいでなすったという処で見ると、満ざら、私も間違えたんじゃアありませんね。ことによったら、もう刎《は》ねっちまったんじゃありませんか。」
さあ……
「成程、で、その連中でないとすると、弱ったなあ。……失礼だが、まるっきりお見それ申したがね
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