ような破れた木戸が、裂《きれ》めだらけに閉《とざ》してある。そこを覗いているのだが、枝ごし葉ごしの月が、ぼうとなどった白紙《しらかみ》で、木戸の肩に、「貸本」と、かなで染めた、それがほのかに読まれる――紙が樹の隈《くま》を分けた月の影なら、字もただ花と莟《つぼみ》を持った、桃の一枝《ひとえだ》であろうも知れないのである。
 そこへ……小路の奥の、森の覆《おお》った中から、葉をざわざわと鳴らすばかり、脊の高い、色の真白《まっしろ》な、大柄な婦《おんな》が、横町の湯の帰途《かえり》と見える、……化粧道具と、手拭《てぬぐい》を絞ったのを手にして、陽気はこれだし、のぼせもした、……微酔《ほろよい》もそのままで、ふらふらと花をみまわしつつ近づいた。
 巣から落ちた木菟《みみずく》の雛《ひよ》ッ子のような小僧に対して、一種の大なる化鳥《けちょう》である。大女の、わけて櫛巻《くしまき》に無雑作に引束《ひったば》ねた黒髪の房々とした濡色と、色の白さは目覚ましい。
「おやおや……新坊。」
 小僧はやっぱり夢中でいた。
「おい、新坊。」
 と、手拭で頬辺《ほっぺた》を、つるりと撫《な》でる。
「あッ。」

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