ろぞろ橋を渡る跫音が、約束通り、とととと、どど、ごろごろと、且つ乱れてそこへ響く。……幽《かすか》に人声――女らしいのも、ほほほ、と聞こえると、緋桃《ひもも》がぱッと色に乱れて、夕暮の桜もはらはらと散りかかる。……

 直接《じか》に、そぞろにそこへ行《ゆ》き、小路へ入ると、寂しがって、気味を悪がって、誰《たれ》も通らぬ、更に人影はないのであった。
 気勢《けはい》はしつつ、……橋を渡る音も、隔《へだた》って、聞こえはしない。……

 桃も桜も、真紅《まっか》な椿も、濃い霞に包まれた、朧《おぼろ》も暗いほどの土塀の一処《ひとところ》に、石垣を攀上《よじのぼ》るかと附着《くッつ》いて、……つつじ、藤にはまだ早い、――荒庭の中を覗《のぞ》いている――絣《かすり》の筒袖を着た、頭の円い小柄な小僧の十余りなのがぽつんと見える。
 そいつは、……私だ。
 夢中でぽかんとしているから、もう、とっぷり日が暮れて塀越の花の梢《こずえ》に、朧月《おぼろづき》のやや斜《ななめ》なのが、湯上りのように、薄くほんのりとして覗《のぞ》くのも、そいつは知らないらしい。
 ちょうど吹倒れた雨戸を一枚、拾って立掛けた
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