。親のために沈んだ身が蛇体になろう筈《はず》がない。遣《や》って下さい。故郷《くに》へ帰して下さい。親の、人の、友だちの目を借りて、尾のない鱗のない私の身が験《ため》したい。遣って下さい。故郷《くに》へ帰して下さい。
公子 大自在の国だ。勝手に行《ゆ》くが可《い》い、そして試すが可《よ》かろう。
美女 どこに、故郷《ふるさと》の浦は……どこに。
女房 あれあすこに。(廻廊の燈籠を指《ゆびさ》す。)
美女 おお、(身震《みぶるい》す)船の沈んだ浦が見える。(飜然《ひらり》と飛ぶ。……乱るる紅《くれない》、炎のごとく、トンと床を下りるや、颯《さっ》と廻廊を突切《つッき》る。途端に、五個の燈籠|斉《ひと》しく消ゆ。廻廊暗し。美女、その暗中に消ゆ一舞台の上段のみ、やや明《あかる》く残る。)
公子 おい、その姿見の蔽《おおい》を取れ。陸《くが》を見よう。
女房 困った御婦人です。しかしお可哀相なものでございます。(立つ。舞台暗くなる。――やがて明《あかる》くなる時、花やかに侍女皆あり。)
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公子。椅子に凭《よ》る。――その足許《あしもと》に、美女倒れ伏す――疾《と》く既に帰
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