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公子 (爽《さわやか》に)獄屋ではない、大自由、大自在な領分だ。歎くもの悲しむものは無論の事、僅少《きんしょう》の憂《うれい》あり、不平あるものさえ一日も一個《ひとり》たりとも国に置かない。が、貴女には既に心を許して、秘蔵の酒を飲ませた。海の果《はて》、陸の終《おわり》、思って行《ゆ》かれない処はない。故郷《ふるさと》ごときはただ一飛《ひととび》、瞬《まばた》きをする間《ま》に行《ゆ》かれる。(愍《あわれ》むごとくしみじみと顔を視《み》る)が、気の毒です。
 貴女にその驕《おごり》と、虚飾《みえ》の心さえなかったら、一生聞かなくとも済む、また聞かせたくない事だった。貴女、これ。
 (美女顔を上ぐ。その肩に手を掛く)ここに来た、貴女はもう人間ではない。
美女 ええ。(驚く。)
公子 蛇身になった、美しい蛇《へび》になったんだ。
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美女、瞳を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》る。
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その貴女の身に輝く、宝玉も、指環も、紅《べに》、紫の鱗《うろこ》の光と、人間の目に輝くのみです。
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