あの、桃の露、(見物席の方へ、半ば片袖を蔽《おお》うて、うつむき飲む)は。(と小《ちいさ》き呼吸《いき》す)何という涼しい、爽《さわ》やいだ――蘇生《よみがえ》ったような気がします。
公子 蘇生ったのではないでしょう。更に新しい生命《いのち》を得たんだ。
美女 嬉しい、嬉しい、嬉しい、貴方。私がこうして活《い》きていますのを、見せてやりとう存じます。
公子 別に見せる要はありますまい。
美女 でも、人は私が死んだと思っております。
公子 勝手に思わせておいて可《い》いではないか。
美女 ですけれども、ですけれども。
公子 その情愛、とかで、貴女の親に見せたいのか。
美女 ええ、父をはじめ、浦のもの、それから皆《みんな》に知らせなければ残念です。
公子 (卓子《テエブル》に胸を凭出《よせいだ》す)帰りたいか、故郷へ。
美女 いいえ、この宮殿、この宝玉、この指環、この酒、この栄華、私は故郷へなぞ帰りたくはないのです。
公子 では、何が知らせたいのです。
美女 だって、貴方、人に知られないで活きているのは、活きているのじゃないんですもの。
公子 (色はじめて鬱《うつ》す)むむ。
美女 (微酔
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