されていたではないのか。なぜ、それが情愛なんです。
美女 はい。……(恥じて首低《うなだ》る。)
公子 貴女を責《せむ》るのではない。よしそれが人間の情愛なれば情愛で可《よ》い、私とは何の係わりもないから。ちっとも構わん。が、私の愛する、この宮殿にある貴女が、そんな故郷《ふるさと》を思うて、歎いては不可《いか》ん。悲しんでは不可んと云うのです。
美女 貴方。(向直る。声に力を帯ぶ)私は始めから、決して歎いてはいないのです。父は悲しみました。浦人《うらびと》は可哀《あわれ》がりました。ですが私は――約束に応じて宝を与え、その約束を責めて女を取る、――それが夢なれば、船に乗っても沈みはしまい。もし事実として、浪に引入るるものがあれば、それは生《しょう》あるもの、形あるもの、云うまでもありません、心あり魂あり、声あるものに違いない。その上、威があり力があり、栄《さかえ》と光とあるものに違いないと思いました。ですから、人はそうして歎いても、私は小船で流されますのを、さまで、慌騒《あわてさわ》ぎも、泣悲しみも、落着過ぎもしなかったんです。もしか、船が沈まなければ無事なんです。生命《いのち》はある
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