のです。そして、後《あと》の歎《なげき》は、前の喜びにくらべまして、幾十層倍だったでございましょう。
公子 じゃ、その枝珊瑚を波に返して、約束を戻せば可《よ》かった。
美女 いいえ、ですが、もう、海の幸も、枝珊瑚も、金銀に代り、家蔵《いえくら》に代っていたのでございます。
公子 可《よし》、その金銀を散らし、施し、棄て、蔵を毀《こぼ》ち、家を焼いて、もとの破蓑《やれみの》一領、網一具の漁民となって、娘の命乞《いのちごい》をすれば可かった。
美女 それでも、約束の女を寄越せと、海坊主のような黒い人が、夜ごと夜ごと天井を覗《のぞ》き、屏風《びょうぶ》を見越し、壁|襖《ふすま》に立って、責めわたり、催促をなさいます。今更、家蔵に替えましたッて、とそう思ったのでございます。
公子 貴女の父は、もとの貧民になり下るから娘を許して下さい、と、その海坊主に掛合《かけあ》ってみたのですか。みはしなかろう。そして、貴女を船に送出す時、磯《いそ》に倒れて悲しもうが、新しい白壁、艶《つや》ある甍《いらか》を、山際の月に照らさして、夥多《あまた》の奴婢《ぬひ》に取巻かせて、近頃呼入れた、若い妾《めかけ》に介抱
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