歎きますもの、悲しみますものに、私の、この容子《ようす》を見せてやりたいと思うのです。
女房 人間の目には見えません。
美女 故郷《ふるさと》の人たちには。
公子 見えるものか。
美女 (やや意気ぐむ)あの、私の親には。
公子 貴女は見えると思うのか。
美女 こうして、活《い》きておりますもの。
公子 (屹《きっ》としたる音調)無論、活きている。しかし、船から沈む時、ここへ来るにどういう決心をしたのですか。
美女 それは死ぬ事と思いました。故郷《ふるさと》の人も皆そう思って、分けて親は歎き悲しみました。
公子 貴女の親は悲しむ事は少しもなかろう。はじめからそのつもりで、約束の財を得た。しかも満足だと云った。その代りに娘を波に沈めるのに、少しも歎くことはないではないか。
美女 けれども、父娘《おやこ》の情愛でございます。
公子 勝手な情愛だね。人間の、そんな情愛は私には分らん。(頭《かぶり》を掉《ふ》る)が、まあ、情愛としておく、それで。
美女 父は涙にくれました。小船が波に放たれます時、渚《なぎさ》の砂に、父の倒伏《たおれふ》しました処は、あの、ちょうど夕月に紫の枝珊瑚を抱きました処な
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