手許《てもと》にはなかったのだ。絵も貴《とうと》い。
美女 あんな事をおっしゃって、絵には活《い》きたものは住んでおりませんではありませんか。
公子 いや、住居《すまい》をしている。色彩は皆活きて動く。けれども、人は知らないのだ。人は見ないのだ。見ても見ない振《ふり》をしているんだから、決して人間の凡《すべ》てを貴いとは言わない、美《うつくし》いとは言わない。ただ陸《くが》は貴い。けれども、我が海は、この水は、一|畝《うね》りの波を起して、その陸を浸す事が出来るんだ。ただ貴く、美《うつくし》いものは亡《ほろ》びない。……中にも貴女は美しい。だから、陸の一浦《ひとうら》を亡《ほろ》ぼして、ここへ迎え取ったのです。亡ぼす力のあるものが、亡びないものを迎え入れて、且つ愛し且つ守護するのです。貴女は、喜《よろこ》ばねば不可《いけな》い、嬉しがらなければならない、悲しんではなりません。
女房 貴女、おっしゃる通りでございます。途中でも私《わたくし》が、お喜ばしい、おめでたい儀と申しました。決してお歎《なげ》きなさいます事はありません。
美女 いいえ、歎きはいたしません。悲しみはいたしません。ただ
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