あの、人の目に、それが、貴方?
公子 譬喩《たとえ》です、人間の目には何にも見えん。
美女 ああ、見えはいたしますまい。お恥かしい、人間の小さな心には、ここに、見ますれば私が裳《すそ》を曳《ひ》きます床も、琅※[#「王+干」、第3水準1−87−83]《ろうかん》の一枚石。こうした御殿のある事は、夢にも知らないのでございますもの、情《なさけ》のう存じます。
公子 いや、そんなに謙遜をするには当らん。陸《くが》には名山、佳水《かすい》がある。峻岳《しゅんがく》、大河がある。
美女 でも、こんな御殿はないのです。
公子 あるのを知らないのです。海底の琅※[#「王+干」、第3水準1−87−83]の宮殿に、宝蔵の珠玉金銀が、虹《にじ》に透いて見えるのに、更科《さらしな》の秋の月、錦《にしき》を染めた木曾の山々は劣りはしない。……峰には、その錦葉《もみじ》を織る竜田姫《たつたひめ》がおいでなんだ。人間は知らんのか、知っても知らないふりをするのだろう。知らない振《ふり》をして見ないんだろう。――陸《くが》は尊い、景色は得難い。今も、道中双六《どうちゅうすごろく》をして遊ぶのに、五十三次の一枚絵さえ
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