爪をもって愛するんだ。……鎧は脱ぐまい、と思う。(従容《しょうよう》として椅子に戻る。)
美女 (起直り、会釈す)……父へ、海の幸をお授け下さいました、津波のお強さ、船を覆して、ここへ、遠い海の中をお連れなすった、お力。道すがらはまたお使者《つかい》で、金剛石のこの襟飾《えりかざり》、宝玉のこの指環、(嬉しげに見ゆ)貴方《あなた》の御威徳はよく分りましたのでございます。
公子 津波|位《しき》、家来どもが些細《ささい》な事を。さあ、そこへお掛け。
[#ここから2字下げ]
女房、介抱して、美女、椅子に直る。
[#ここから1字下げ]
頸飾《くびかざり》なんぞ、珠なんぞ。貴女の腰掛けている、それは珊瑚だ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
美女 まあ、父に下さいました枝よりは、幾倍とも。
公子 あれは草です。較《くら》ぶればここのは大樹だ。椅子の丈は陸《くが》の山よりも高い。そうしている貴女の姿は、夕日影の峰に、雪の消残ったようであろう。少しく離れた私の兜《かぶと》の竜頭《たつがしら》は、城の天守の棟に飾った黄金の鯱《しやち》ほどに見えようと思う。
美女
前へ
次へ
全63ページ中45ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング