る――ただ一人《いちにん》の娘を捧ぐ、……海の幸を賜われ――貴女の親は、既に貴女の仇なのではないか。ただその敵に勝てば可《い》いのだ。私は、この強さ、力、威あるがために勝つ。閨《ねや》にただ二人ある時でも私はこれを脱ぐまいと思う。私の心は貴女を愛して、私の鎧は、敵から、仇から、世界から貴女を守護する。弱いもののために強いんです。毒竜の鱗《うろこ》は絡《まと》い、爪は抱《いだ》き、角《つの》は枕してもいささかも貴女の身は傷《きずつ》けない。ともにこの鎧に包まるる内は、貴女は海の女王なんだ。放縦に大胆に、不羈《ふき》、専横《せんおう》に、心のままにして差支えない。鱗に、爪に、角に、一糸掛けない白身《はくしん》を抱《いだ》かれ包まれて、渡津海《わたつみ》の広さを散歩しても、あえて世に憚《はばか》る事はない。誰の目にも触れない。人は指《ゆびさし》をせん。時として見るものは、沖のその影を、真珠の光と見る。指《ゆびさ》すものは、喜見城《きけんじょう》の幻景《まぼろし》に迷うのです。
女の身として、優しいもの、媚《こび》あるもの、従うものに慕われて、それが何の本懐です。私は鱗をもって、角をもって、
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