見えた。(無造作に、座を立って、卓子《テエブル》の周囲《まわり》に近づき、手を取らんと衝《つ》と腕《かいな》を伸ばす。美女、崩るるがごとくに椅子をはずれ、床に伏す。)
女房 どうなさいました、貴女《あなた》、どうなさいました。
美女 (声細く、されども判然)はい、……覚悟しては来ましたけれど、余りと言えば、可恐《おそろ》しゅうございますもの。
女房 (心付く)おお、若様。その鎧《よろい》をお解き遊ばせ。お驚きなさいますのもごもっともでございます。
公子 解いても可《い》い、(結び目に手を掛け、思慮す)が、解かんでも可《よ》かろう。……最初に見た目はどこまでも附絡《つきまと》う。(美女に)貴女《あなた》、おい、貴女、これを恐れては不可《いか》ん、私はこれあるがために、強い。これあるがために力があり威がある。今も既にこれに因って、めしつかう女の、入道鮫に噛《か》まれたのを助けたのです。
美女 (やや面《おもて》を上ぐ)お召使が鮫の口に、やっぱり、そんな可恐《おそろし》い処なんでございますか。
公子 はははは、(笑う)貴女、敵のない国が、世界のどこにあるんですか。仇《あだ》は至る処に満ちてい
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