きつつ)女の国の東海道、道中の唄だ。何とか云うのだった。この書はいくらか覚えがないと、文字が見えないのだそうだ。(呟《つぶや》く)姉上は貴重な、しかし、少しあてっこすりの書をお拵《こしら》えになったよ。ああ、何とか云った、東海道の。
侍女五 五十三次のでございましょう、私《わたくし》が少し存じております。
公子 歌うてみないか。
侍女五 はい。(朗かに優しくあわれに唄う。)
[#ここから4字下げ]
都路は五十路《いそじ》あまりの三つの宿、……
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
公子 おお、それだ、字書のように、江戸紫で、都路と標目《みだし》が出た。(展《ひら》く)あとを。
侍女五 ……時得て咲くや江戸の花、浪|静《しずか》なる品川や、やがて越来《こえく》る川崎の、軒端《のきば》ならぶる神奈川は、早や程ヶ谷に程もなく、暮れて戸塚に宿るらむ。紫|匂《にお》う藤沢の、野面《のおも》に続く平塚も、もとのあわれは大磯《おおいそ》か。蛙《かわず》鳴くなる小田原は。……(極悪《きまりわる》げに)……もうあとは忘れました。
公子 可《よし》、ここに緑の活字が、白い
前へ
次へ
全63ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング