老寄《としより》に、御苦労ながら。
僧都 (苦笑す)若様には、新夫人《にいおくさま》の、まだ、海にお馴《な》れなさらず、御到着の遅いばかり気になされて、老人が、ここに形を消せば、瞬く間ものう、お姿見の中の御馬の前に映りまする神通《じんずう》を、お忘れなされて、老寄に苦労などと、心外な御意を蒙りまするわ。
公子 ははは、(無邪気に笑う)失礼をしました。
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博士、僧都、一揖《いちゆう》して廻廊より退場す。侍女等|慇懃《いんぎん》に見送る。
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少し窮屈であったげな。
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侍女等親しげに皆その前後に斉眉《かしず》き寄る。
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性急な私だ。――女を待つ間《ま》の心遣《こころやり》にしたい。誰か、あの国の歌を知っておらんか。
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侍女三 存じております。浪花津《なにわづ》に咲くやこの花|冬籠《ふゆごもり》、今を春へと咲くやこの花。
侍女四 若様、私《わたくし》も存じております。浅香山を。
公子 いや、そんなのではない。(博士がおきたる書を披《ひら》
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