遅いに因ってな。……それじゃに、かねてのお心掛《こころがけ》か。弥《いや》疾《と》く装《なり》が間に合うたもののう。
侍女一 まあ、貴老《あなた》は。私《わたくし》たちこの玉のような皆《みんな》の膚《はだ》は、白い尾花の穂を散らした、山々の秋の錦《にしき》が水に映ると同《おんな》じに、こうと思えば、ついそれなりに、思うまま、身の装《よそおい》の出来ます体でおりますものを。貴老はお忘れなさいましたか。
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貴老は。……貴老だとて違いはしません。緋《ひ》の法衣《ころも》を召そうと思えば、お思いなさいます、と右左、峯に、一本《ひともと》燃立つような。
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僧都 ま、ま、分った。(腰を屈《かが》めつつ、圧《おさ》うるがごとく掌《たなそこ》を挙げて制す)何とも相済まぬ儀じゃ。海の住居《すまい》の難有《ありがた》さに馴《な》れて、蔭日向《かげひなた》、雲の往来《ゆきき》に、潮《うしお》の色の変ると同様。如意自在《にょいじざい》心のまま、たちどころに身の装《よそおい》の成る事を忘れていました。
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