はこれにぞありける。――これで、鈴ヶ森で火刑《ひあぶり》に処せられまするまでを、確か江戸中|棄札《すてふだ》に槍《やり》を立てて引廻した筈《はず》と心得まするので。
公子 分りました。それはお七という娘でしょう。私は大すきな女なんです。御覧なさい。どこに当人が歎き悲《かなし》みなぞしたのですか。人に惜《おし》まれ可哀《あわれ》がられて、女それ自身は大満足で、自若《じじゃく》として火に焼かれた。得意想うべしではないのですか。なぜそれが刑罰なんだね。もし刑罰とすれば、恵《めぐみ》の杖《しもと》、情《なさけ》の鞭《むち》だ。実際その罪を罰しようとするには、そのまま無事に置いて、平凡に愚図愚図《ぐずぐず》に生存《いきなが》らえさせて、皺《しわ》だらけの婆《ばば》にして、その娘を終らせるが可《い》いと、私は思う。……分けて、現在、殊にそのお七のごときは、姉上が海へお引取りになった。刑場の鈴ヶ森は自然海に近かった。姉上は御覧になった。鉄の鎖は手足を繋《つな》いだ、燃草《もえぐさ》は夕霜を置残してその肩を包んだ。煙は雪の振袖をふすべた。炎は緋鹿子《ひがのこ》を燃え抜いた。緋の牡丹《ぼたん》が崩れるよ
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