も恋が叶《かな》い、思いが届いて、さぞ本望であろうがね。
僧都 ――袖に氷を結びけり。涙などと、歎き悲しんだようにござります。
公子 それは、その引廻しを見る、見物の心ではないのか。私には分らん。(頭《かぶり》を掉《ふ》る。)博士――まだ他に例があるのですか。
博士 (朗読す)……世の哀《あわれ》とぞなりにける。今日は神田のくずれ橋に恥をさらし、または四谷、芝、浅草、日本橋に人こぞりて、見るに惜《おし》まぬはなし。これを思うに、かりにも人は悪《あし》き事をせまじきものなり。天これを許したまわぬなり。……
公子 (眉を顰《ひそ》む。――侍女等|斉《ひと》しく不審の面色《おももち》す。)
博士 ……この女思込みし事なれば、身の窶《やつ》るる事なくて、毎日ありし昔のごとく、黒髪を結わせて美《うる》わしき風情。……
公子 (色解く。侍女等、眉をひらく。)
博士 中略をいたします。……聞く人一しおいたわしく、その姿を見おくりけるに、限《かぎり》ある命のうち、入相《いりあい》の鐘つくころ、品《しな》かわりたる道芝の辺《ほとり》にして、その身は憂き煙となりぬ。人皆いずれの道にも煙はのがれず、殊に不便
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