女がお出《いで》遊ばす、海の御殿でございます。あれへ、お迎え申すのです。
美女 そして。参って、私の身体《からだ》は、どうなるのでございましょうねえ。
女房 ほほほ、(笑う)何事も申しますまい。ただお嬉しい事なのです。おめでとう存じます。
美女 あの、捨小舟《すておぶね》に流されて、海の贄《にえ》に取られて行《ゆ》く、あの、(※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》す)これが、嬉しい事なのでしょうか。めでたい事なのでしょうかねえ。
女房 (再び笑う)お国ではいかがでございましょうか。私たちが故郷《ふるさと》では、もうこの上ない嬉しい、めでたい事なのでございますもの。
美女 あすこまで、道程《みちのり》は?
女房 お国でたとえは煩《むず》かしい。……おお、五十三次と承ります、東海道を十度《とたび》ずつ、三百度、往還《ゆきかえ》りを繰返して、三千度いたしますほどでございましょう。
美女 ええ、そんなに。
女房 めした竜馬は風よりも早し、お道筋は黄金《こがね》の欄干、白銀の波のお廊下、ただ花の香りの中を、やがてお着きなさいます。
美女 潮風、磯《いそ》の香、海松《みる》、海藻《か
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