なきじに》に死ぬんです。
公子 死ぬまで泣かれて堪《たま》るものか。あんな故郷《くに》に何の未練がある。さあ、機嫌を直せ。ここには悲哀のあることを許さんぞ。
美女 お許しなくば、どうなりと。ええ、故郷《ふるさと》の事も、私の身体《からだ》も、皆《みんな》、貴方の魔法です。
公子 どこまで疑う。(忿怒《ふんぬ》の形相)お前を蛇体と思うのは、人間の目だと云うに。俺《おれ》の……魔……法。許さんぞ。女、悲しむものは殺す。
美女 ええ、ええ、お殺しなさいまし。活《い》きられる身体《からだ》ではないのです。
公子 (憤然として立つ)黒潮等は居《お》らんか。この女を処置しろ。
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言下に、床板を跳ね、その穴より黒潮騎士《こくちょうきし》、大錨《おおいかり》をかついで顕《あらわ》る。騎士二三、続いて飛出づ。美女を引立て、一の騎士が倒《さかしま》に押立てたる錨に縛《いまし》む。錨の刃越《はごし》に、黒髪の乱るるを掻掴《かいつか》んで、押仰向《おしあおむ》かす。長槍《ながやり》の刃、鋭くその頤《あぎと》に臨む。
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女房 ああ、若様。
公子 止めるのか。
女房 お床が血に汚れはいたしませんか。
公子 美しい女だ。花を※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》るも同じ事よ、花片《はなびら》と蕊《しべ》と、ばらばらに分れるばかりだ。あとは手箱に蔵《しま》っておこう。――殺せ。(騎士、槍を取直す。)
美女 貴方、こんな悪魚の牙《きば》は可厭《いや》です。御卑怯《おひきょう》な。見ていないで、御自分でお殺しなさいまし。
(公子、頷《うなず》き、無言にてつかつかと寄り、猶予《ためら》わず剣《つるぎ》を抜き、颯《さっ》と目に翳《かざ》し、衝《つ》と引いて斜《ななめ》に構う。面《おもて》を見合す。)
ああ、貴方。私を斬《き》る、私を殺す、その、顔のお綺麗さ、気高さ、美しさ、目の清《すず》しさ、眉の勇ましさ。はじめて見ました、位の高さ、品の可《よ》さ。もう、故郷も何も忘れました。早く殺して。ああ、嬉しい。(莞爾《にっこり》する。)
公子 解け。
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騎士等、美女を助けて、片隅に退《の》く。公子、剣《つるぎ》を提《ひっさ》げたるまま、
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こちらへおいで。(美
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