し、ぐるりと押廻して後背《うしろ》なる一団の軍夫に示せし時、戸口に丈長《たけたか》き人物あり。頭巾《ずきん》黒く、外套《がいとう》黒く、面《おもて》を蔽《おお》ひ、身躰《からだ》を包みて、長靴を穿《うが》ちたるが、纔《わずか》に頭《こうべ》を動かして、屹《きっ》とその感謝状に眼を注ぎつ。濃《こまや》かなる一脈《いちみゃく》の煙は渠《かれ》の唇辺《くちびる》を籠《こ》めて渦巻《うずま》きつつ葉巻《はまき》の薫《かおり》高かりけり。

       四

 百人長は向直《むきなお》りてその言《ことば》を続けたり。
「何と思ふ。意気地もなく捕虜《とりこ》になつて、生命《いのち》が惜さに降参して、味方のことはうつちやつてな、支那人《チャンチャン》の介抱《かいほう》をした。そのまた尽力といふものが、一通りならないのだ。この中にも書いてある、まるで何だ、親か、兄弟にでも対するやうに、恐ろしく親切を尽して遣《や》つてな、それで生命を助かつて、阿容々々《おめおめ》と帰つて来て、剰《あまつさ》へこの感状を戴いた。どうだ、えらいでないか貴様たちなら何とする?」
 といまだいひもはてざるに、満堂|忽《たちま
前へ 次へ
全34ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング